アーシュク・ユーヌスの墓 2 ブルサ/トルコ
アーシュクユーヌスはトルコ語でイラーヒ(讃美歌)を書いた詩人です。1400の中頃の方です。この時代はエミール・スルタンの統治していた時代でもありました。
アーシュクユーヌスの墓
お墓の入り口
アーシュク・ユーススはエミールスルタンのおはかの近くのカラマザク通りの3つのアパートのに挟まれた場所に眠っています。写真に見える2つのアパートの間の1メートルぐらいの隙間から中に入れます。以前はありませんでしたが 左側にはアーシュクユーヌスの墓と看板があります。
向かって右の墓石がアブドルレッザークの墓 Merkad-I Abdürrezzak
真ん中の墓石がアーシュク・ユーヌスの墓 Merkad-ı Aşık Yunus'
そして左端がユーヌス エムレの墓、ファーティハ Merkad-ı Yunus Emre,Fatihaです。墓石にはこの方だけ名前の最後にファーティハと書かれてありました。
これは墓石にこの字を書いた方がクルアーンの1章のハーティハ章を彼に贈っていると事の尚ですが、訪れた方々もお墓のみんなにファーティハを贈ります。
無記名の墓はしたアリと言う方のお墓だといわれています。彼は1730年に何年もかけてお墓を改築したことを長方形(50㎝×70㎝)の碑文に書き、お墓の上に置きました。一説では無記名の墓は 40-50年前に亡くなったシェイフ エスアド エフェンディの墓ともと言われてています。
関連動画
アーシュクユーヌスのお墓 動画 https://osmanteikokugaiden.blogspot.com/2019/08/1.html
アーシュクユーヌスって