トルコ至宝展 の感想(前半)~ラーレ(チューリップ)はなぜオスマン人に愛されるのかな?
前半
1か月半もたってしまいましたが桜が満開に咲いたころ、六本木を訪れました。生れて始めて六本木駅に降りましたが、ここはよくテレビで見る六本木駅とは反対側の出口のようでした。さっそく目的地の国際新美術館に向かいました。
普通に歩けばちょうど10分ぐらいかかりますが、近道を通ると7分ぐらいで行けます。近道の細り通りはお店屋さんが並んでいます。食事のできる店や衣類を販売している店などいろいろありました。その途中に一本の桜の木があります。人々はそこで足を止め写真を撮ったり桜を眺めたりして楽しそうでした。
実は私はこの時期2度ほどこの美術館に足を運んでいます。一度目は純粋に展示会を見るためで、2度目は鈴木薫先生の講演を聞くためにでした。
1回目は175展の展示品を3時間ぐらいかけてじっくり見たので、気が付くと足が棒になっていました。(かなり重労働^^;)
とても感激したのですが、いっぺんにいろんなものをみたために正確にその感情を思い出すことはできませんが、
彼らが使用していた衣服や調度品を目の前で見たのでスレイマン大帝たちが生きた時代がドラマの中のものではなく現実のものとして身近に感じたことは覚えています。
「第1章トプカプ宮殿とスルタン」のコーナーには華麗で美しい宝石をちりばめたターバンや玉座やベルトや出納や兜や剣や盾そして指輪、鏡、カップ 時計や筆箱などがありました。そんな中であまり派手でもなく実用的な皇子用の靴付きズボンに長く目が留まりました。17世紀の物でしたがとてもよくできていました。靴とズボンの縫い目がどうなっているかよく見たところ、かなりしっかりと縫われているので、あれならやんちゃな皇子が走りまわってもほつれることはないだろうと安心した次第です。
第2章では「オスマン帝国の宮殿とチューリップ」と題して展示品26から151までが並べられてありました。今回副題が「チューリップの宮殿とトプカプの美」ということで、トプカプ宮殿内で見られるチューリップをモチーフとした作品があつめられていました。
トルコのチューリップは日本の方がイメージするチューリップとはちょっと違っています。ちょっと細くてとがっている感じのチューリップがモチーフに使われることが多いように思います。
ところでオスマン人はチューリップと薔の花を特に愛しましたが、理由がいくつかあるらしいです。
トルコ語でチューリップはlale とか lâle と書かれます。オスマン語ですと لالهとなります。
当時彼らが信じていた神الله とかきます。ラーレとアッラーはオスマン文字で見ると、同じ文字が使われていいます。
ちなみにオスマン語のラーレは ل ا ل ه ラーム アリフ ラーム ハー
の文字が順に並んでいます。(オスマン文字は右から左へ読みます)
唯一の神アッラーはا ل ل ه アリフ ラーム ラーム ハーの文字が順に並んでいます。
こう見ると文字の順番は違いますが、使われている文字と文字の数はおんなじなのに気が付きます。
ということで当時の人々はおんなじ文字が同じ数だけ使われているという理由でチューリップを重用したというのですが、実際は定かではありません。
もう一つ言われているのはオスマン帝国でも国章の一部に使われている三日月です。三日月は現代のトルコの国旗にも描かれていますが、オスマン人たちは三日月にとても親しみを感じます。(今のトルコの方もそうだと思います)その三日月はトルコ語ではhilal / hilâlオスマン語ではهلالと記され、ヒラールと読みます。これも一文字ずつ見ると
ه ل ا ل ハー ラーム アリフ ラームとなり、
チューリップのラーレ( ل ا ل ه ラーム アリフ ラーム ハー)と文字と数が一致しています。そのためにチューリップが愛されたという風にも言われます。
この展示場にあるチュ―リップだけでなくトプカプ宮殿のあちこちにはチューリップにまつわるものがたくさんあります。そのトプカプのチューリップの研究をされている方がいます。水野美奈子さんです。
https://turkey2019.exhn.jp/event/ 6月23日(日)「トプカプ宮殿とチューリップ文化」について講演される予定です。でぜひ関西の方々、お時間がございましたらぜひご参加ください。
後半に続く