
ロードス島攻略の後ムラトなる人物がスレイマンを亡き者しようとしてにしようとして、黒づくめの男にナイフを投げさせたわよね。

うんうん 忠臣イブラヒムがそれを代わりに受けたわね。

イブラヒムってホントにスレイマン思いなんじゃな。

ずっと2人の関係がうまく続くといいのにねえ。ところでムラトのおとうさんがジェム王子だって知っていた?

いいえ、ドラマのシーズン1の21話を観てはじめて知ったわ。ジェム王子って誰?

ジェム王子はヨーロッパではわりと有名じゃよ。以前WOWOWで『ボルジア家』っていうアメリカのテレビドラマがあったのじゃが、そのテレビドラマの3話にも出て来てたようじゃね。

へえボルジア家と関係ある人だったんだ。

彼はコンスタンチノープルを陥落させたメフメット2世の子供だよ。

そうなの?

ジェエム王子はヨーロッパに亡命してたんだよ。

なぜ?

まあ想像つくと思うけど王位継承争いで敗れたんだよな。

誰に ?

スレイマン大帝のおじいさんでバヤズィト2世にだよ。

へえ、バヤズィット2世がお兄ちゃんってわけなのね。

そうそう、ジェム王子はメフメット2世のお気に入りだったんだよ。文武にたけた人物だったんだが、1481年5月3日メフメット2世が崩御したとき、彼はコンヤにいたんだが、知らせを届ける者がバヤズィト側につかまってしまい、連絡が行かなかったんだよ 。

昔は手紙が本当に重大な役目を果たしていたのですねえ。

そうじゃな

それでバヤズットが先にイスタンブルの宮殿に入り後継者として宣言したのね。

? ジェム王子はだれですって?頭こんがらがってしまったわ!

そうかも、それでジェム王子はどうなったの?

その後ジェム王子は何度か戦いを挑んだのだけれど結局ロードス島に逃れたんだよ。

ああそれでロードス島に彼の息子ムラトがいるのね。

ドラマはそういうことになってるね。実際はフランスに渡りその後イタリアに引き渡されたんじゃけれど。またシャルル8世の要求でフランスに引き渡されるんじゃな。

なんとまあ

フランスとかイタリアとか息子ムラトのいたロードス島とかいろいろな地域をいったりきたりしていましたね。彼は エジプトにも行ったことがありますね確か・・・

なんか波乱づくめの一生を送った方なのね。

最後は
1495年2月25日イタリアのカプアとというところで戦争に行く途中亡くなったんだよ。

わあ14年もの放浪し続けたのね。

彼はボルジア家に毒殺されたかもっていうわさもありますね、

きっと政治的に利用されたんじゃよ 。

マルタで彼の子孫はサイード公と呼ばれていますよ。

ほらドラマで一人生き残った赤ん坊がいるでしょ?

うんうん
メフメット2世の子・バヤズット2世 その子・セリム1世 その子・スレイマン大帝
メフメット1世の子・ジェム王子 その子ムラト ムラトの子21話の赤ちゃん
あの赤ちゃんとスレイマン大帝がはとこになるわけね?

たぶんあの子がマルタに移り、その子孫がてその地位を獲得したんじゃないかな?

ジェム王子には息子がムラトのほかにオウズとアブドッラーいますね。オウズは若くして亡くなっているからもしかしたらアブドッラーの子孫かもしれなせんね。

そういえばジェム王子の絵を見たことがあるけど思ってたのと全然イメージが違ったわね。

どんなふうに?

何というか、もう少し父親のメフメット2世に似ていると思ったわ。

メフメット2世にならハンサムだったのにね。

ジェム王子にもし手紙が届いていたら歴史はまた違った形になっていたでしょうね

ほんとに、そうしたらスレイマン大帝はあの時ロードス島にいなかったし、ジェム王子の息子ムラトが皇帝になっていたかもしれないんものね。

そうかんがえると歴史事件もおもしろいなあ・・・
みんなは語る会の後家に帰りました。
その夜みんなはジェム王子とロードス島、そしてもしジェム王子が天下を取っていたらオスマン帝国はどうなっていたのだろうと考えながら寝むれない夜を過ごしたのでした。