【トルコ小説】「メヴラーナ」その7 忠俊の心に水を・・・

ガイドは博物館に備えられた品々について説明するだけでなく、聖メヴラーナの目に見えない部分をより重点的に好んで伝えた。忠俊の心に芽生え始めた炎の火種 に風を送り、さらに燃え上がらせていった。「水に満足する者に何も与えることはできぬ。水に恋焦がれる心を見出しなされ」と語った偉大な指導者の言葉をさらに続けた。

忠俊は彼の心が水を求めているのに気がついていた。その日までのどの渇きは仏陀の前でさえ、癒されることはなかった。その時にかいだ香り、心を酔わせる美酒のような効果は、以前一度も感じたことがなかったし、味わうこともなかった。

「これはなんともいえない心地よさだ。虹ほど近く、虹ほど遠く感じるこの不思議な感覚」と自分自身に語りかけた。魂にやさしく平安を撒き散らす甘い季節風、ベ イト(二行連句)が吹いてくる。葦笛の音はこの風を駆り立て、けしかけ、何も聞こえず何も語らぬ遠い地平線へと連れ去っていった。

心に話しかけ、魂にささやきかける世界から齎される不思議な音色、その神を思い出させる音と神秘的な香りは非常に異なった感覚を呼び覚ませていった。普遍的な愛と寛容さを顕す偉大なスーフィーの影響を受けず、彼に向かおうとしない諸器官は、彼の身体の中にひとつも残っていなかった。

彼は人生の中で次第に生きる事に嫌気がさしていた。人生は意味のないものだと知っていた。だだっ広い太洋のど真ん中で、支えもなく取り残され、さまざまな嵐 に見舞われ、沈没を免れようと右往左往する船のように、弱々しい精神状態に陥っていた。嵐の中、精神を守り支えとなる港を探し求めていたが、どこもいつも 何か欠けていると感じていた。しかし、ある時は、それらを捜し求め調べたりもした。訪れた国々のさまざまな哲学者達、神殿や彼らにとって聖なるものと聖な る者の意図することも学び、深くそれらを習得してきた。自国でもまた同様に、深く捜し求めたが、どの場所でも、彼が探し求める精神的安定を与える風を見出 すことはできなかった。誰からもこれこそが意味あるものという確信は得られなかったし、呼びかけられることも、魂が引き寄せられることもなかった。このた め、長い間、捜し求めることもしなくなっていた。そして、もう彼の内面を完璧に満たし、落ち着かせ、休養させる精神の扉は存在しないと思っていた。しか し・・・思いもかけず、偉大な人物である聖メヴラーナの扉に足を一歩踏み入れた。探し求めることをあきらめ、見出すことはできないと確信していたが、その 港に乗り入れたその瞬間、彼の魂と彼の自我は、ついにそれを発見したのであった。

忠俊は、自分の命と同じくらい価値のあるその港が、トルコに存在するとはまったく予想しなかった。自分自身に、「何年も探し続けて、捜し求めても見出せず、 もうそのような港は発見できないだろうと思っていた。でも、鍵をかけた私の内的、精神世界への扉の鍵穴に、ぴったり当てはまる鍵がここにある。これは夢で はない、確かなことだ」とつぶやいた。

彼の心、彼の胸の外をおおう強く硬く閉じられた殻が、バリバリと音を立て、打ち破られ、中のすばらしい感受性が表面にほとばしり始めた。まるで太陽の深い底から吹き出た高価な純粋無垢の真珠のようであった。

 忠俊は、「私の生きている時代は、通俗の集団文化という弾をどんどん撃ち込まれる。その砲撃の元で、人間が次第に物質主義化し、精神的世界を忘れ始める。 強い快楽主義によって、大切なものがくみ出され、砂漠化し、枯渇してしまった心に不可欠な永遠の水が、ここにのみ存在するのは確かだ。
科学技術の時代に、 人々は目まぐるしく駆け回るが、失いつつある熱き思いをなくしてはならない。本来、この熱き思いと美しさは、どの人間にも内在している。ただ芽吹かせ、葉 を開かせ、花を咲かせるには正しい場所、きっかけとなる火種と、適切な良い時が必要であろう。ちょうど私のように・・・」と言いながら、この世のすべての人間が、この場所を訪れるといいのにと彼は考えた。そして自らも彼の心の中で、その精神的豊かさを味わい始めたのであった。彼は、ただ単に自分が生物的存 在でないことにも気づいていた。どんなに生物的制約のために、外界と結びついていようとも、彼の魂は未知の永遠へと開かれた幸福を感じ取ることができた。

ガイドとその一行は、メヴラーナ博物館から外へ出た。墓石の前からなかなか離れられない心は、その中に残されたままだった。忠俊はガイドに、
「2分間、お待ちいただけますか」
と言った。急いで博物館の中へ飛び込んでいった。ふたたび聖メヴラーナの墓石の前にやってきて、一瞬の間、身じろぐことなく立ち留 まった。手のひらを合わせ、胸の前に持っていった。そして下に頭がつくほど深々とお辞儀をし挨拶をした。この挨拶は、彼の生涯の中で交わした、最も誠意 のこもった、心からの挨拶であった。

「偉大なお方よ、あなたに感謝いたします。すぐにまた私はここへ参ります。ごきげんよう」といった。3、4歩、後ずさりした後、急いで外へ出て仲間に加わっ た。
メヴラーナのすばらしさを知るガイドは、忠俊の心が聖なる指導者の虜となったことをよく承知していた。
メヴラーナ博物館から出た一行は、博物館の周り にあるお土産品店に入り、買い物をし始めた。そのどれもが聖メヴラーナに深く関係する品々であり、博物館の中に展示されていたものと関わる歴史的な品物であり、記念品や思い出となるものであることは明らかであった。数珠、花瓶や彫刻などの小さな飾り、銅の彫り物、額縁にはめられた聖メヴラーナの詩や言葉、 写真等々。 忠俊はコンヤとメヴラーナの墓の写真入りの絵葉書とセマーゼン(旋舞する修行者)の形を掘り込んだ木のスプーンを買った。 

買い物が終わった一行は、すぐそばのレストランに入り二階へ上った。二階は広いバルコニーであった。彼らが予約しておいた場所、バルコニーの園停(ぶどう棚)の下に腰をかけた。このバルコニーからメヴラーナの霊廟とバラ園が魔法の看板のようにくるくると回って見えた。青緑色をしたお墓の天辺、クッベは、建物の間でもいっそう壮大で、華麗であった。忠俊にとって、彼の精神状態を慮(おもんばか)れば、これよりすばらしいもてなしはなかったであろう。

なんと貧弱な品性を身につけてしまったことだろうと彼は思った。彼は精神的美しさを失い始めていた。ところがこの世の苦難とそれから生み出される嫌気、倦怠感、憂鬱を彼の上から取り除き、精神的平安と心の安定を与え、広い水平線のかなたまでも包み込む安心感がこの世まで延び広がった。熟考という海の中で泳ぐために、彼は最初のひとひろ(両手を広げた長さ)を踏み出し海に飛び込んだ。忠俊は幸せと歓喜の只中にあった。座った場所から物思いにふけり、メヴラーナの霊廟とバラ園を眺めていた。そして墓石の前で感じた情熱溢れる愛によって、彼の平安な心地はその場所でも、いまだに続いていた。

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