 |
出典イスタンブル―ル大学図書館 Kitab-ı
Bahriye |
今回出てきたこのピーリー・レイスはすごい地図を描いた人で有名なんだよ

あらそうなの?

そうですン、ピーリーさんの地図は実に素晴らしいです。本名はAhmet
Muhiddin Piri ですね。イスタンブル―ル大学図書館にあるかなり正確です。ピーリー・レイスのキターブ・バフリエ(Kitab-ı
Bahriye)にはこんな素晴らしいヨーロッパと地中海と北アフリカの地図が描かれています。

あら、現在の地図とあまりかわらないみたいにみえるわ。

ほんとだ!

彼はゲリボル生まれです。ゲリボルは現在のトルコの西側にある半島です。

アあ、チャナッカレで有名だよね

お父さんがなくなったので、父親の兄弟が育てることになったんです。

へえ

そのおじさんが海軍提督
ケマル・レイスでした。若いときからそのおじさんと一緒に軍人として活躍しました。

例えば?

1502年ごろのベネチアとの戦いに参加してますね。
1516年にはシリア・エジプトの海軍と戦いました。

ってことは、それはまだスレイマンが皇帝になる前のことだよね。

そうですね、スレイマン大帝の時代では
1522年のロドス島の攻略の時に出征しています。

でもスレイマン大帝は彼をレイスって呼んでたわ
!

はい、レイスは船長さんというような意味がありますから、船を一艘丸ごと任されていたんですね。

へえ、
1547年にはインド洋の司令官に任命されました

ああ、あの事件のあとか!ドラマでは
ファトマ皇女の夫の裏切りで、確か左遷されたんだよね。

左遷されたかどうかは定かではありません。何故ならその後も
1551年にはアデンを征服したり、ポルトガルに対してはかなり守りを固めていましたから。

あの後も本当は活躍したんだね!で、それからどうなったの?

ええ、最後はポルトガルとの戦いでスレイマン大帝との行き違いが起こり、
1554年カイロで処刑されてしまいました。

EEE?それって
ムスタファ皇子が亡くなった翌年だよね。

と言うことは、やはり
リュステムの陰謀かもしれないわ

そうとも言えますが、そうともいえません。

あらまた出た、陽さんのどっちつかずの回答が!
一体どっちなの?
リュステムの陰謀なの?
それとも現実に彼は戦線を放棄したという罪を犯したの?
というわけで、海軍最高司令官の選別のために顔を表したピーリー・レイスはドラマではムスタファの影の支援者として働きますが、現実では素晴らしい地図を描いたり、戦線でも活躍をしていたようですね。
彼は無実だったのでしょうか?真実は時のかなたに隠れてしまいました。
皆さんはどちらだと思いますか?陰謀?それとも無実?