ヒュッレムの軌跡 8 物まねをして笑わせたためにヒュッレムという名が付いたのかも
スンビュルはいつものようにつまみ食いをしながら、料理長のシェケルアーに献立の注意をしていた。
この二人のやり取りはいつも面白いのだが、シェケルアーは
「誰なのだい?このラッキー娘は?」
とスンビュルに聞いた。
いま彼が作っている料理を食べるであろう娘のことだ。
スンビュルは
「お前に何の関係が!関係ないだろ。さああ訳準備しなさい】と言った。
(お前には関係ないとはトルコ語で「サナネ」です。
直訳すると
サナ 君に
ネ 何?
という感じで、あんまり丁寧な言いい方ではないけれど会話でよく聞きます。)
雄栗いうことが多いのでもしかしたらスンビュルの言っていることが聞き取れるかもしれませんよ)
卵を20個も使った料理を食べるのは
アレクサンドラだった。
彼女は昨晩、スレイマンの部屋であいさつしそれから突然倒れたのだったが、木曜日の朝の食事をスレイマンと共に取ることになったのだ。
女官たちの部屋ではアレクサンドラが戻らなかったのでまた噂話が始まった。
そこへニギャールがやってきて、
「授業の準備をしなさい
急いで(チャブク)」
手を叩きながら皆に注意を喚起した。
すると女奴隷の一人が「アレクサンドラは来ないの?」と聞いたのだ。
女奴隷の全員はお互いにみなライバルでもある。
誰がスレイマンに気に入られるかは彼女たちにとっては生き死にかかるかもしれない重要なことだった。
スレイマンの部屋では楽しそうに二人が過ごしていた。
アレクサンドラは大声で笑った。そのことがスレイマンを喜ばせた。
彼は「長い間こんな風な笑いは聞いたことがないよ」
と・・・
そうなのだ。スレイマンの前では誰も大声で笑ってはいけないという決まりがあった。みんなはそれを守っていたのだ。
(この笑い方は確かに女奴隷にはふさわしくないが、じっさいのメルイェムさんはインタビューなどでも同じように大笑いをすることがよくある。彼女は意外と笑い上戸みたいだ)
それからアレクサンドラは緑の指輪が目に入った。
この指輪はいわくつきで、持ち主のヒュッレムよりも長生きする。この緑の指輪はヒュッレムからヌールバーヌーにそれからサフィイェにわたりそして続オスマン帝国外キョセムの主人公キョセムに渡ったのだった。
アレクサンドラは「これは誰のものになるの」と聞くとスレイマンは
下を向いた。
どうやら別の人のためにつくった者らしい。
そのあと二人は愛の語らいを始めた。
「どこから来たのか」
「海からあなたの元へきたのよ。私はあなたの物。この目も、この唇も、そしてこの心もあなたの物よ」
と彼女は答えた。こういう言葉が男性の心には響くのだろうか?ともかく二人の仲はより近くなった。
その後アレクサンドラは
ダイェやスンビュルやニギャールの物まねをし、スレイマンを大いに笑わせた。
スレイマンは数十年ぶりの笑いを一気に取り戻したかのようだった。心が穏やかに軽くなった気がした。
そしてスレイマンは
ヒュッレムとつぶやいた。
アレクサンドラもヒュムレムと真似をした。
どうやら外国の方には発音が難しいみたいだ。
そのつたない発音がまたスレイマンにはかわいく聞こえるのだった。
そして正しい発音をおしえると、
ヒュッレムとはどういう意味なの
と聞いた。
「人を楽しませる者という意味だよ。今後お前の名はヒュッレムだ」と答えた。
確かにこのころのヒュッレムはこの名前の通りおおらかなところもたくさんあった。まだまだハレムという怪物の実態を知らなかったからだ。
皮肉なことに彼女の名前がヒュッレムとついたときから、彼女は人を楽しませる性格を少しずつ失っていくのだった。
ハレムでの出来ごとはまさに怪物のおなかの中で起こっている出来事のようだったから。