トルコ事情 トルコの女性の服装はなんで二極化したの?

 トルコの女性の服装は二極化してる

トルコのオンラインショップを見て見入ると面白いことに気が付きました。

あるショップは日本でもよく見かける服のデザインが並んでいます。主にヨーロッパのファッションの影響をが大の作品です。

ところが別のショップをのぞいてみると、長いドレスでどちらかというと中東を感じさせるような商品ばかりが並んでいました。

この二つのお店の大きな違いは肌の露出度です。

最初のショップは肌を見せることの多い商品なのに対しもう一つのショップは肌を一切見せない作りになっています。

トルコではなぜ全く反対のコンセプトの商品が売られているのでしょうか?

それにはトルコ共和国建国まで時代をさかのぼらなければなりません。

アタテュルクの革命以後トルコは日本と同じで西洋の文化を受け入れる態度をとってきました。そのため肌や髪の毛を見せないスタイルの服は一時好まれませんでした。好まれないというよりは迫害の対象になりました。

革命直後から直後からしばらくの間は道を髪を覆った女性の覆いをはぎとろうとする人々も出たほどです。

そしてエルドアンが政権をとるまでは、多く女性たちはスカーフも含めて露出をしない服装だと大学入試も受けることも、もちろん通うこともできず、公的機関で働くこともできませんでした。

それが今では先ほど紹介したオンラインショップが誕生しているのですから驚きですね。

どうしてかわったの?

変化の兆しはまだ最近のことです。

この変化の火付け役はエルドアン夫人でした。彼女のスタイルは国民に大きな影響を与えました。

それだけでなく髪の覆いをしたまま入学試験も受けられるし大学にも通えるようになりました。

公務員として覆いをしたままでも女性たちが働けるようになりました。

このことは女性たちの装いの自由を保証しただけではなりません。

もっと広い意味でトルコの女性たちに平等なチャンスを与え、様々な生き方を容認する社会構築したといえるのではないでしょうか。

そういう意味でもエルドアン夫人の貢献は大きかったと思います。

ということで今日はトルコの女性たちの自由な生き方をファッションを通してお話してみました。

いかがだったでしょうか?次回はトルコの女性の結婚事情をお話ししたいと思います。お楽しみに。

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