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Malkoçoğlu(マルコチョール)  と言うトルコ名の起源は? トルコ語入門

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マルコチョールのトルコ語は Malkoçoğlu  です。 オスマン帝国外伝に出演している登場人物・マルコチョールと言う名で親しまれていますね。 よくみると 本当はこれは二つの言葉からできています。 malkoç と oğlu  です。 malkoç ne demek? ( マルコチュ は何という意味ですか) オスマン帝国時代の軽騎兵の長Osmanlı İmparatorluğu devrinde akıncıların başı. オスマン軽騎兵の宿舎の長Osmanlılarda akıncılar ocağının komutanı. 城を守る者Kale muhafızı, koruyucu. 軽騎兵の長Akıncı ocağı reisi. oğlu (oğul) は 子供 特に  息子 と言う意味です。 oğlu息子 と言う言葉が初めて記されていたのはオルフン碑石(735年)です。これは突厥文字で書かれています。 これ以前にも日常の会話やで使われていたと考えられます。 古代トルコ語ではoğulは複数形で使われていましたがö次第に単数として使われるようになりました。 マルコチュの息子って感じになります。 でもこの息子を複数形に して oğulları,をつけると、 マルコチュ一族 Malkoçoğulları, というようないみにもなります。 マルコチュ一族の詳細はこちらから オルフン碑石の中に出てくる息子(oğlu)の単語はこんな形してます。 𐰆𐰍𐰞𐰃   これは突厥文字と言います。突厥文字は面白くて 音節の切り方 がおもしろいですよ。今度紹介したいと思います。 𐰋𐰏𐰠𐰚 𐰆𐰺𐰃 𐰆𐰍𐰞𐰃𐰤 𐰴𐰆𐰞 𐰉𐰆𐰡𐰃 𐰾𐰃𐰠𐰚 𐰶𐰃𐰕 𐰆𐰍𐰞𐰤 𐰚𐰇𐰭 𐰉𐰆𐰡𐰃 [beylik oğlunu kul kıldık, hanımlık kızını cariye kıldık] ] beglik ogluŋun kul kıldıg, işilik kız ogluŋun küŋ kıldıg

オスマン帝国外伝シーズン3 46話ハイライト ハティジェ、マヒデブラン、ギュルフェムがイブラヒムの仇を取る相談をするが、手立ては?

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ハティジェの家では、3人が今後のことを心配して次の手を考えていた。 マヒデブランはハティジェに 「あなたと子供たちに神が忍耐をあたえてくださいますように」 と慰めの言葉をかけた。 「これが私の運命なのね。悲しみと痛みのなかで生きることが・・最後の死ぬしゅんかんまでずっとね」 とハティジェの悲しみはこれから先消えることはない。すると 「すべての原因はすべてヒュッレムよ。彼女の汚さから世界を救えたら・・・あとどれほどまたなければならないのかしら」 とマヒデブランが言う。するとギュルフェムが 「私たちに何ができますか?ヒュッレムは今までにないほど強力ですよ。それに、今までも誰も彼女を食い止めることができなかったわ。 皇帝が彼女の壁となり助けるのですもの」 と聞く。 「どうなるの? 今のように手足を知らばれた状態のままでいるのですか? みんなから援けられるのを順番に待っているとでもいうのですか。 皇女様、私たちはイブラヒムパシャの仇を打つのではないのですか?」 とマヒデブランは悲しそうだが、まじめに復讐を考えているようだ。 「何か考えがありますか。言ってみて」 とハティジェは力なく聞く。 だがみんなには何も手立てが見つからないようだ。 そんな時マヒデブランはある女性を思い出した。 そして 「彼女はとても忠実な侍女です。頭もよく、能力もあります。 男性と同じくらい強いです。 最も大切なのは忠誠です。彼女は皇子に忠誠を尽くしています」 とある侍女のことを話し始めた。 するとハティジェ は、 「これはとても重要で危険な仕事よ。できるかしら? 」 「まちがいなく」 とマヒデブランが確信をもって答えた。するとギュルフェムが 「皇女様すぐにけっていなさらなくても・・・ 少しお考えになってはいかがですか。 これの報いは重いかもしれません」 「私にこれ以上誰が何をできるというの?ヒュッレムと言う蛇が、私の人生をうばったわ」 とハティジェは答えた。 「シャー皇女様とおはなしになったようですが、 あなたに約束しましたわ、あなたを助けると。 このことについて彼女と相談してはいかがですか」 とギュルフェムはアドバイスした。彼女は慎重派だ。 「彼女は自分のことで手がいっぱいよ。 約束したことをもうずっと前に忘れてしまっているわ。 まちがないわ。 それにこれは私の問題だから。

オスマン帝国外伝シーズン3 46話ハイライト エスマヌルを探すニギャールはイブラヒムの墓参りへ

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生まれたときから親と離れた生きる運命を背負った子、エスマヌル、 父のイブラヒムパシャがなくなって、彼女はまた一人になるのだろうか、 マトラークチュがエスマヌルの元を訪れ、抱き上げながら、やさしくエスマヌルと声をかけた。 エスマヌルは無言だ。 ベビーシッターの女性が、 「朝からずっと、パパ パパ と言いながら泣いています。パシャ様はいついらっしゃいますか」 と何も知らずに聞いた。 「パシャ様は来ない。あなたはエスマヌルの荷物をじゅんびせよ、」 「わかりましたが、」 と何が何やらわからない彼女は理由を聞こうとした。マトラークチュは 其れには答えず 「準備せよと言ったのだ」 ともう一度言った。 エスマヌルはどこへ? 次のシーンで、マトラークチュはエスマヌルを船に連れてきた。 そして部下に 「エスマヌルは御前に任せたぞ。彼女を守るのだ。 彼女をブラヒムパシャの家族の元へ無事届けるのだ。 それまでは決してもどってくるな」 と命じると、 「仰せの通りに」 と部下は答えた。マトラークチュは 「彼らに状況を話せ、彼らがすぐに逃げるように、母国へ戻るように」 「わかりました」と 部下は答えた。マトラークチュはいとおしそうにエスマヌルをなぜ、 「道中無事でな」 と話しかけた。それから女性に抱かれたエスマヌルは船の中に入った。 去ろうとするマトラークチュに部下は 「数々のウソや中傷をパシャ様に言った者たちは、報いをうけるのですよね。そうでしょう?」 というと、 「この世でできなければ、あの世で必ず報いを受けるだろう」 とマトラークチュは確信して部下にいった。 当時のオスマン帝国では、この世で不当な扱いを人々にすると、必ず罰せられ、 もしこの世で罰せられなかったとしてもあの世でその罰を受けるという考えがあった。 シーンは変わって、 マトラークチュが家で座って絵を描いていると、ドアのノックする音が聞こえた。 だるそうに立ち上がりドアを開けると、そこに亡霊のようなニギャールがたっていた。 驚くマトラークチュ。 何故なら今ニギャールはリュステムと共にテケの地にいるはずだったからだ。 「どうしたのだ、悪いことではないよな」 と心配そうな顔をするマトラークチュ。 いままで、彼女が現れるときは、何か悪い知らせか困難な状況をもたらしていたからだ。 「リュステムはここにいます。彼と共に来ました。ヒュッレム

オスマン帝国外伝シーズン3 45話 ハティジェがイブラヒムの死を悼み自殺をしようとする

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ハティジェはベイハン皇女の膝の上に頭を載せて横たわっていた。 「二人が同じく同じ運命だなんて」 とバイハンは話しかけながら、ハティジェの頭をやさしくなぜる。実はシーズン1でベイハンの夫も皇帝の命令によって死罪となった。 その当時の映像が映る。 ハティジェが 「あなたのいたみはわかるわ」 と言うと、ベイハンは 「あなたにはわからないわ、いつかあなたの夫の命を兄が奪った時に、わかるしょう」と言った。 シーンは現在に戻る。 「むずかしいのはわかるわ。でもがまんするしかないのよ。あなたはひとりではないもの。こどもたちがいるわ。彼らの運命はあなたの、てにかかっているのよ」 とベイハンは話しつづけた。 見ていられないほどつらそうなハティジェ、ほんとにかわいそうだ。 そこへギュルフェムが入ってくる。 「皇女様、フーリジハンとオスマンが来たがっていますが」 とつたえると、ハティジェは涙を拭き起き上がった。そして子供たちをだく。 すると フーリジハンが 「お父さんはどこなの?何が彼におこったの?」 と尋ねると、みんなが涙ぐむ。そうだろう、この子供の素朴な質問に大人たちは涙するしかなかった。 ハティジェはなみだをこらえながら 「天国へいったのよ。彼は逝ってしまったわ」 と答えた。 シーンは変わって、ハティジェがベッドに一人横たわっていた。 イブラヒムのいないことにたえられないハティジェは起き上がりバルコニーの方へ静かに歩いて行った。 そこにイブラヒムの亡霊が見えた。 彼女は亡霊に向かって 「イブラヒムになぜさってしまったの、なぜ私をひとりぼっちしにしたの?」 ときくと、 「私はあなたをひとりぼっちにしていないよ。ベン セニ ブラクマドム これからもひとりにすることはないよ ブラクマム いつもあなたのそばにいるよ」 と言うとハティジェは微笑む。 そこで急にイブラヒムが消える。 ハティジェの顔からも笑みが消え、庭の方を見ながら、 「いとしいひとよ、あなたのいないわたしの人生はおわったのね、 私の全人生はあなたのなかにあるのよ、 あなたなしのじんせいなんて・・」 といいながらバルコニーにのぼる。 「バラの香りをあなたからかんじたわ。 あなたが呼んでいるのがきこえたわ。 あなたは私の心にささやきかけたわ。 『わたしのあいするひとよ、わたしの皇女様よ、私の愛よ、愛とは何かをしりたい。 2つではな

オスマン帝国外伝シーズン3 45話 ブラヒムの訃報にハティジェはヒュッレムに・・・

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ハレム中ではイブラヒムパシャの話でもちきりだった。 シャーは メルジャンからイブラヒムパシャがなくなったことを知らせる。 廊下で会ったアフィフェに尋ねる 「アフィフェ、言われていることは本当なの?イブラヒム パシャが・・・」 「本当です、神の恵みがありますように」と悲しそう答えた。 そこへヒュッレムが現れる。 「私も今お知らせに上がるところでした。ですが、すでにもうお知りになられたようですね」 どうしてこんなことが 皇女様、これは皇帝の決定です。 次のシーンでは ミフリマーフとメフメトとヒュッレムが集まっていた。 「皇帝はイブラヒムパシャをとても信頼していました。14年間もの間、代理をさせてきました」 手メフメトが悲しそうにいった。 「どうしたの、なぜ処刑されたの?それもこんなに突然に」とミフリマーフも訪ねた。 「何が起こったのか知ることは決してできません。わかっていることはこれはふさわしい罰です。皇帝がこのように決定したのですから、正しいことですわ。このことを質問をするのは私たちの分を超えます」 とヒュッレムが子供たちに答えた。 「ハティジェ・スルタンはたいへんなことになっているわ」とミフリマーフは叔母のハティジェを心配している様子だった。 メフメトもなっとくおいかないようすで、 「イブラヒムパシャは比類なき方です。このように偉大な政府の高官がこのような形で命を落とすとは・・・ するとヒュッレムは 「この国には数多くのパシャがいますよ。一人が去れば一人がやってきます、神がこの国をおまもりくださいますように」 と言った時、 ドアの外から、 「 ヒュ ッ レ~~ ~ム、ヒュッレ~~ム」 と何度もさけぶこえがした。 ハティジェだった。ハティジェの姉妹とアフィフェが一生懸命止めようとしていたが、彼女は叫びつづけた。 二階からハティジェを見下ろし、それから階下へ降りていき、お辞儀をし、 「神が忍耐をあたえてくださいますように、お悔やみ申し上げます」 とヒュッレムは静かに言った。 「あなたのせいで死んでしまったのよ、イブラヒムは! あなたのウソと中傷のせいで彼は死んでしまったわ」 と怒りをぶつけると、ヒュッレムは静かに 「あなたの痛みはわかります。ですが私は・・・」 「地獄に落ちよ! おまえがこのサライに来た日がのろわれよ! おまえがすべてを燃やしてしまったわ。 こわして、消

 オスマン帝国外伝シーズン3 46話 ハイライト ムスタファがイブラヒムの死を悼みながらも・・・

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「彼の私への功績は大きかった。 まだ何が何だかわからない。 皇帝様には完ぺきな忠誠心で結びついていたのに・・・ 決して謀反を起こすことなどありえない。 そのことになんにも疑う余地がない!」 とムスタファはイブラヒムのことをヤフヤーに混乱しながら話す。 「私もです。しかし、 誰かしらが穴を掘ったのは明らかです。 虚偽と中傷で多くの者があの世へ去っていきました。 パシャを追い込んだものは、あなたにとっても敵です。 私たちは注意しなければなりません」 と答えた。 「もちろん試みるだろうが、彼らは成功しないぞ。ヤフヤーよ。私がそんなことは決して許可しない。」

オスマン帝国外伝 シーズン3 45話ハイライト アヤスパシャが大宰相へ 

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みんなが帝都イスタンブルに集まった。イブラヒムパシャおことについて噂していた。 アヤスパシャにエブッスードは 「彼が天国に行けますように」 というと 「あーみん」 とアヤスパシャは答えそして彼に質問した。 「ですが、あなたはあまり驚いていませんね」 するとふっと笑って、 「イブラヒムパシャの行動はみんなが知っています。アヤス様、こうなるのが明らかなことだったでしょう」 と言う。すると フズルがエブッスードの話を横で聞いていて、黙っていられなくてこういった。 「今日はつらい日です。イブラヒムパシャのような価値のある、偉大な方は二度とこの世には現れないでしょう」 と言った。 するとムスタファパシャが 「その通りですね、」 と相槌をうつ。 そしてかれのために 「彼に神の恵みがございますように」 と心から言うと、 フズルも 「アーミン」 と答える 「でもどうしてこんな急に起こったのだろうか、何かご存知ですか、ムスタファパシャ」 とフズルが尋ねた。 「いいえありません。けれどもきのうアヤスパシャにお会いになりました」 と言うとフズルはアヤスパシャを見る。 次にあるものが、 「なにがごぞんじでしたか」とスレイマン皇帝の義理の弟のルトフィにきくが 「このように皇帝がふさわしいと思われたのですよ。私たちが何かを考えることはなりません」と言うと、 「そのとおりです」とそのパシャが答えた。 フズル提督が悲しそうにムスタファパシャに話し続ける。 「本当を言えばこの地位に彼が長い間ついついていたこと自体、奇跡だった。 彼の敵は多かったことは周知だ。 何か過ちはあったかもしれない。 そうでなければ、このような決定はしなかっただろう」 とはなしていた。 「それは明らかです、ですが彼は多くの勝利と多くの成功をなしとげた政府の高官でした。せめて葬式の礼拝はするべきです」 とムスタファパシャも彼の死を悼んで答えた。 するとその言葉を聞いたアヤスパシャが 「ムスタファパシャ」と呼びかける。 ムスタファは沈黙した。 「それに対してなぜ黙っておるのだ、続けなさい」 とアヤス・パシャはいった。 「このような悲惨に見舞われたときには皆が沈黙するべきです。みんなが黙っていることがふさわしいです。アヤズパシャ」 とフズルが代わりに答えた。先にイブラヒムパシャの話をひていたのはアヤスパシャたちだったからだ。 そこへ

史実イブラヒム パシャ③ 芸術家を保護し、寛容だった?

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イブラヒムパシャと同時代に生きた詩人でありで、ある職業に従事した者たちの生活の様子を伝えた作品( Tezkir)を書いた ラティーフィー (Latîfî)はイブラヒムパシャについて2つの物語を記している。 それに寄ると 彼は急激に出世し大宰相の職に就いた。その間の彼のふるまい、威厳、偉大な能力が、彼の傲慢さを増させ、名誉や地位に執着するようになったことを記されている。 さらにその偉大な名誉を誇りながら、突然一日にして処刑されたこと、これらから教訓を選ばなければならないことが述べられている。

史実 イブラヒム パシャ ① 

オスマン帝国外伝で悲劇的な最期でしたが、イブラヒムは大活躍しました。 彼はギリシャ国境内のパルガ近くの村で生まれ、 6歳でイスタンブールに連れて来られたと一般に認められていますが、 彼の人生の最初の数年について明確な情報はありません。 またバヤズィト2世の時代に軽騎兵(アクンジュ)たちに襲撃され捕虜になり ケフェにいたスレイマン皇子に贈られたという説や、 パルガの漁師の息子でトルコ人の海賊によってとらえられマニサ近くの 寡婦の家に売られ、 その後マニサにいたスレイマン皇子に仕えるようになったという説もあります。 これらすべての情報の正確さは疑わしいものですが、 彼が若い頃、 マニサでスレイマン皇子に仕えていたことが知られています(Uluçay、p。249)。 ドラマでは2番目のこの説がとられていましたね。 また、パルガ生まれの(Pargalı)フランク(Frenk)、殺された(Maktul)などのニックネームで知られています。 おそらく彼がマニサにいたときスレイマン皇子の近臣になり、 スレイマン皇子が皇位についたとき、一緒にイスタンブルに行きました。 スルタンに最も近い位置にあり、彼は宮殿で重要な任務を果たしました。 ベオグラード遠征(927/1521年)の間、彼は門番(kapı ağası )を務めました。 この時ごろこらスレイマン皇帝は自費でアトメイダン(Atmeydanı)に宮殿を作り始めました。 皇帝の信頼は、強化され、それがイブラヒムパシャの権力を増大させていきました。 小姓頭(Has odabaşı )とイチ シャヒンレリ バシュ(iç şahinciler ağası)となり、 ロードスの遠征に(928/1522)に参加しました。 ピーリー・メフメト・パシャの解任(1523年6月27日)まで イブラヒムパシャはルメリ・ベイレルベイの司令官終え務めました。 İbtihâcü’t-tevârîhによると、 当時第二宰相だったアフメトパシャはイブラヒムが大宰相になることに不服でした。 そのため御前会議で以後いごこちがわるくなり、アフメトパシャは自らエジプトの知事になることを申し出ました。 イブラヒム大宰相はアフメトパシャをイスタンブルから遠ざけたかアタので、 スレイマン皇帝に働きかけアフメトパシャの申し出は承認されました。 その後アフメトパシャがエジプ
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